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出血性腸症候群(HBS)21症例の報告

出血性腸症候群(Hemorrhagic Bowel Syndrome 以下:HBS)は凝固した血餅が腸管内腔を閉塞し、症状が甚急性に経過する致死率の高い症候群として知られています。今回は弊社獣医師がHBSと診断した症例についてご報告します。

①概要

 2022年4月〜2024年6月にかけて発症し、開腹手術により診断したHBS21症例(以下、発症群)が対象になります。品種はホルスタイン20例、ブラウンスイス1例です。HBS発症時の平均月齢は53.2±13.4か月、平均産歴は、2.29±0.88産で2産目に発生が集中(11/21)しています(図1)。発症群の平均分娩後日数は、123.5±60.1日でした。分娩日を0日として分娩後日数を30日毎に区切ると、泌乳中期(分娩後60~150日)に57.1%(12/21)が発生していました(図2)。月毎の発生数を見てみると、3月・9月に発生が多くなっています(図3)。

②症状

 HBSの症状として、心拍数の増加、食欲廃絶、乳量の急激な低下、眼球陥没、沈鬱、低体温(<38.0℃)、下腹部の膨満、血様-メレナ様便が認められます(1)。発症群において、体温の範囲は35.2℃~38.5℃、平均37.5±0.67℃の低体温でした。特徴的な便性状ですが、病態の進行度によって変化(図4)するため、血便を排していなくてもHBSは否定できません。過去の調査(表1)では、初診時に血便-メレナ便を認めたのは発症牛の41%~73%であったとの報告があります。発症群では47.6%において初診時に血便が認められました。一方、7.24%は初診時に正常便でした。

③診断・検査

 超音波検査、血液検査を実施しています。右側腹部~下腹部の超音波検査では、①腸管内容貯留による腸管の拡張(7~8cm)②閉塞部位より遠位の腸管の狭小③腸管内血餅(高エコーと低エコーの混在)、緩慢な腸蠕動等の特徴的な所見が描出されます(図5)。閉塞部位の位置により所見を確認できない場合もありますが、臨床症状と合わせて重要な診断根拠になります

 また、血液検査は現場でも検査できる i-STAT1(Abbott)を用いています。21症例のうち、血液検査を実施した16例を治癒群(n=8)、死亡・廃用群(n=8)に分けて結果を示します。各群共に血液生化学所見は、低カリウム血症、低Cl血症、高血糖、高BUN血症、そして、Hctの低値が認められました。各群を比較すると、死亡・廃用群の方が治癒群に比べて、より重篤な血液所見を示していました。

 各検査項目の中で、Gluは生化学的に不安定な部分がありますが、弊社は重症度の判定に使用しています。治癒群と死亡・廃用群のGlu値の分布(図6)を見ると、死亡・廃用群は200mg/dLを超える範囲に分布が多く認められます。両者を比較すると、治癒群:115.3±33.4mg/dL、死亡・廃用群:243.2±64.1mg/dLと有意な差が認められました(p<0.01)。

 腸閉塞に伴う疼痛ストレスはコルチゾールの分泌を亢進させます。コルチゾールは糖新生の亢進とインスリン抵抗性の増加を促し、血中Gluの濃度の増加に影響を与えると考えられています(5)。また、発症からの経過時間、閉塞部位の長さ、循環血漿量などがGluの値に影響を与えているのではないかと考えています。

④手術・予後

 当診療所では初診時から現地で緊急手術を行います。腰椎硬膜外麻酔を用いて立位右膁部切開を行います。閉塞部位を特定した後、目視下に牽引し患部を用手破砕します。そして、破砕した血餅を消化管遠位方向へ移送します。血餅閉塞部位の所見は様々(図7)であり、部分的に斑状出血を呈する状態から、腸管全体が暗紫色で壊死しているものまであります。動画は術前術後の右側腹部のエコー動画になります。閉塞部を破砕し輸送することで、術後間もなく蠕動が再開しているのが分かります。閉塞部位の長さ、複数病変の有無、腸管壊死の進行度が予後を決める大きな要素であると感じています。

 外科手術(閉塞部用手破砕)における治癒率は42.9%(9/21)であり、他の文献も33.3%~43.8%の治癒率でした(表3)。手術を行う診目は1.24回、ほぼ初診時の手術の判断にも関わらず、治癒率は低いです。死亡・廃用までの診療回数は手術を含めて2.25回、67%(8/12)が術後当日・翌日に死亡しており、改めて、甚急性で致死率が高い疾患であることが伺えます

⑤まとめ

 HBSの原因は、高泌乳牛、C,perforingensの関与、Aspergillus fumigatusの関与、給与飼料の品質、固め食いによる腸管アシドーシスなど多要因で複合的です(1)(3)(6)。現場では、過去に発症歴のある農家さんで再発するケースが多くあります。丁寧な問診と初診時の臨床症状からHBSを疑い、適切な検査によって早期に外科手術を適応することが治癒率の向上に一番重要になると考えます。(文責 佐藤)
【参考文献】

(1)主要症状を基礎にした牛の臨床3 DAIRY MAN
(2)清水ら 2009 乳牛の出血性腸症候群45症例(2003~2008)の考察  家畜診療56,663-670 
(3)Sameeh M Abutarbush 2005 Jejunal hemorrhage syndrome in dairy and beef cattle : 11 cases(2001 to 2003) Can vet J 46:711-715
(4)鈴木ら 2020 ホルスタイン種経産牛に発症した出血性腸症候群の疫学的研究 家畜診療67,217-223
(5)水谷 尚 よくわかる・得意になる!牛の血液検査学
(6)Roy D. Berghaous 2005 Risk factors associated with h hemorrhagic bowel syndrome in dairy cattle. JAVMA,Vol226,No 10

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